福岡高等裁判所 昭和27年(う)422号 判決
弁護人の控訴趣意第一、二、三点(事実誤認、法令適用の誤)について。
原判決の挙示引用にかゝる証拠に徴すれば、原判決摘示の事実殊に、原判示賄賂提供の事実、すなわち、原判示松尾ツム子において、被告人田中義也、同山元志一の原判示依頼の趣旨を諒承し被告人山元志一より預かつた原判示現金一万三千円を携えて、原判示西達子の居室に赴き、同女に対し、「山元さんが貴女に七千円やるから明日の二レースに等外に落ちてくれといつておられるお金も一万三千円預かつて来た」旨申入れた事実を認定するのに十分である。論旨は右は、賄賂の申込であつて提供に該当せず、自転車競技法第一七条は、賄賂の提供を処断するに止まり、その申込を処罰しないのに、原判決が、被告人らに賄賂提供の事実があるものと認め、同法条を適用処罰したのは、事実の認定を誤まり、法令の適用を誤まつた違法がある旨主張するのであるけれどもその採用し難い理由は次のとおりである。
自転車競技法(昭和二三年法律第二〇九号)第一七条は、贈賄の態様として、賄賂の「支払、提供、約束」を規定するのであるが、今、贈賄の態様に関する二、三の立法例についてこれを見るのに、先ず、刑法第一九八条は、従前「交付、提供、約束」とあつたのを、昭和一六年法律第六一号をもつて、「供与、其申込、約束」と改め、衆議院議員選挙法(大正一四年法律第四七号)第一一二条、公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号)第二二一条は共に「供与、その供与の申込、約束」と規定し、小型自動車競走法(昭和二五年法律第二〇八号)第二七条、モーターボート競走法(昭和二六年法律第二四二号)第三〇条は、いずれも現行刑法と同じく「供与、その申込、約束」と規定する。
すなわち自転車競技法第一七条の「提供」の文字は、昭和一六年の改正前の刑法第一九八条の用語例にならつたものであつて、右改正後においては、殆んどすべての贈賄罪の規定において、右改正後の刑法の用語例と同じく「申込」の文字が使用されている。ところで、賄賂の申込とは、賄賂の収受を促がす意思の表示と解すべきであり、右改正前の刑法第一九八条の賄賂の提供については、賄賂を現実に収受し得べき状態に置く場合のみに限らず、口頭をもつて、相手方に対しその収受を促がす意思を表示する場合すなわち、申込に当る場合をも含むという解釈が一般に行われていたのであるが、そのような解釈が一般に行われていたのにも拘わらず、特に、昭和一六年法律第六一号をもつて、前記のように刑法第一九八条の「提供」の文字が「申込」と改正された趣旨に徴すれば、改正後の今日においては、「提供」と「申込」とはその意義を異にし、賄賂の提供とは、賄賂を現実に授受し得べき状態に置き、これが収受方を申入れる場合をいい、賄賂を現実に授受し得べき状態に置くことなくして、単に口頭をもつて、その収受を促がす意思を表示するに止まる場合は、賄賂の申込たるに止まり、単なる賄賂の申込は賄賂の提供とはならぬものと解するのが相当である。
今、本件についてこれを見るのに、自転車競技法第一七条は、賄賂の提供を処罰し、その単なる申込を処罰しない趣旨であると解すべきこと前述のとおりであるが、被告人らは、前説示のとおり賄賂たる現金を調えた上、原判示松尾ツム子をして、相手方所在の場所に携行、その旨を告げてこれが収受方を申入れさせ、現実に授受し得べき状態に置いたものであり、原判決の摘示やゝ明を欠くうらみなしとしないながら、その認定の趣旨ここにあるものと認められ、右のように賄賂を相手方所在の場所に携行し、その旨を告げてこれが収受方を申入れ現実に授受し得べき状態に置いた以上、たとえこれを相手方の眼前に差置いて呈示しなくても賄賂提供の罪が成立するものと解すべきである。
従つて原判決が、被告人等に賄賂提供の事実ありと認定し、これを自転車競技法第一七条の罪に問擬したのは相当であつて、原判決に所論のような事実の誤認、若しくは法令適用の誤があるものとは認められない。論旨は採用の限りでない。
(註、本件は量刑不当により破棄自判)